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数学が苦手な子 ~その2~

更新日:3月24日

数学が苦手な子、嫌いな子に、どのように接するのか…

数学が苦手な子は、そのほとんどが数学に対してネガティブな感情を持っています。「難しい…」だけでなく「嫌い…」「おもしろくない…」「めんどうくさい…」は、数学が苦手な子がよく口にする言葉です。また、このような感情を持ってしまったとき、前回でも述べましたが、安易に簡単な問題を解けたときに褒めると「馬鹿だと思われている…」「こんな問題できないと思われていたんだ…」、解けないことを「大丈夫、大丈夫、ちゃんとできるようになるから大丈夫だよ」と安心させようとしても「いつそうなれるの…?」「いや、できるようなならないよ、これまでと同じように…」とよりその感情を深めてしまう場合が多々あります。


そこで私が普段の指導の中で念頭においていることが参考になるかもしれません。それは「ミスをする」です。学習支援業を営んでいる方々は、担当科目において造詣が深く、ある意味頼れる存在です。ですが半面、できないことへの技術に対する理解はあっても、できない子への気持ちの理解はほとんどできていません。


学生のときにお世話になったある教授の言葉が、私の頭にこびりついています。それは、「キミたちは一生、数学や算数がわからない子のことを理解できない」という言葉です。ある程度の大学に入る学力があれば、中学の数学はもちろん小学校の算数で苦労した人はほとんどいません。テストで平均点以下になることがあっても、100点満点で1桁の数字になったことはまずないといえます。そして、中学数学や算数で劣等感を感じたこともほとんどありません。このことは、分数での躓きはもちろん3桁の加減乗除の計算ができない子の苦しみや辛さに共感できないことを意味します。そして、数学や算数に悩む子のネガティブな感情を理解できないことにも繋がります。また、できないことを表層的にみて、計算技術や考え方というテクニックをかみ砕いた(風の)説明や解説をもって、解決を試みます。


しかし、長きにわたって算数と数学から刷り込まれたネガティブな感情に働きかけるものではないため、説明した翌日には解けなくなっているというということが少なくありません。そのため、結局はネガティブな結果を自覚してしまい、ますますネガティブな感情は深まります。もしこれが塾などで起こった場合、苦しい数学の克服のため強い決意をもって臨んだ子にとって、それは絶望を生み取り返しのつかない感情を植え付けかねません。


そこで私は、簡単なたし算を間違えたり、問題文を読み間違えることなどの「ミス」を敢えてするようにします。頼りなく見えるかもしれません。教えてもらうことに不安を感じるかもしれません。ですが、敢えてそのようなことをして「ミスはどんな人間にもある」という認識をしてもらうようにします。


この行動の意味は2つあります。1つは「ミスを減らすだけでよい」という算数と数学に対する見えないハードルを下げることにあります。これまで多くの子の勉強に携わってきましたが、ミスをしない子は一人もいませんでした。誰でもミスをするのが普通です。極端な話、東北大学医学部に合格した子ですら、私の目の前で98+72を180と答えて、一瞬の沈黙のあと二人で大笑いしたという例もあります。


ですが、算数と数学が苦手な子に多く見られる特徴に「"ミス"と"解けない"という違いを分けて考えていない」というものがあります。ミスは「理解できている上での誤答」であり、解けないというのは「理解できていないこと」という違いがあります。結果は同じでも、そこには雲泥の差があります。ですが、子どもにはその違いが明確に区別できません。そのため、両方を「できない」でひとまとめにしてしまいます。それでは算数数学の苦手克服に対する問題解決の分析の芽を認識することができません。なので、その区別ができるようになる素地を作るために、私のミスを見てもらいます。そして、「おっ?ミスったミスった」と笑います。高得点を狙う子つまり難関校を狙う子にとってのミスは致命傷になりかねません。しかし、ミスは「理解や考え方」を否定するのではありませんので、苦手な子にとってはかすり傷にもなりません。それよりも褒める材料にもなりえます。


誤答に対する苦手意識を持つ子どもの認識は「できない」と述べました。これを「ミス」と「理解や考え方」に分けて誤答をとらえ、その誤答について「あ~おしいおしい!これはミスだからほぼ正解しているよ。」とミスは大きな問題でないことを伝えていきます。私がミスを見せていますから、ミスに対して気持ちの上でも「誰もがすること」ととらえることで深刻に受け止めることから解放されます。その分「理解や考え方」に問題がある場合、しっかりと時間をかけて教えます。また、椅子を並べている時間が長くなると、その子の考え方を私の方で理解できるようになりますので、「理解や考え方」に問題があっても、それがその過程の中にあるミスと予想できるようになり、その解く過程を聞き取りしながらミスをみつけて、「あ~ここでミスしちゃったんだ。だったらこれミスらなかったらできたも同然だね。いい感じいい感じ!」とその考え方を肯定します。そして、その誤答に対するネガティブな感情を気にしなくていいものになるよう働きかけます。そうすると、ミスするのは「よくあること」と思えるようになります。


ここまでくると次に、「あ~ここのミスだね。ほぼできてるね。でも、なんでミスしちゃったんだろう?」と問いかけるようにします。ミスには原因がありますが、これは大きく「集中力の欠如」と「思い込みや誤認」の2つに分けられます。前者は多くの子に見られるもので、問題に対するモチベーションや勉強への慣れつまり勉強をすることの習慣の不足に起因するものです。そして、苦手な子の場合、このことはミスを深刻に考えなくなる子にとって大きな問題になりません。この段階に入ると、ミスによる誤答で傷つくことがなくなった子にとって、それ以前より問題を解いたり勉強することからくる苦しみが軽減されていますから、個人差はあっても徐々に解決していきます。それは、学校での授業への集中の向上、問題からくるネガティブな感情が少なくなったことによる向き合い方の変化により、徐々におのずと集中力が向上するためです。後者も大きな問題ではなく、聞き取りとすることでその修正は容易です。ですが、ここで私は自分で考えさせるようにします。この時期には私の集中力が上がります。鉛筆の角度や動く速さ、手の止まり方やその継続時間、呼吸や目線、体の動きなど子どもの問題への向き合い方逃さぬように観察します。それらを通して「思い込みや誤認」をみつけておきます。そうして、そのことに確証を持つためにその誤認を招きやすい問題を出したりして確認します。そして誤認が明らかになると、同じような問題を解いてもらい、「あ~同じミスに見えるけど、どう思う?」と問いかけます。このときほとんどの場合で、そのミスを子どもは認識したり自分があいまいな理解をしていることに気づきます。そしてそれを教えるのではなく「何が違うんだろう?」「どうすればいいんだろう?」と押し問答をします。これにより、子ども達は誤答に対して自己解決を試みるようになります。その解決方法が間違えていてもいいんです。「解決したい」と思うことが大切なんです。ここまでくると、得点が伸びるのは時間の問題です。自ら間違えの理由を考え、何を修正すればいいのかを考えられるようになると、授業中のリアルタイムでそれらを考えるようになり、確実に数学力を引き上げる原動力になるからです。


私が敢えてミスするもう一つの理由は…

次回に述べさせていただきます。

 
 
 

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