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なぜ勉強するの? ~その1~

更新日:2025年5月23日

3回に分けて「なぜ勉強をしなきゃならないの?」という問いに、私が考える答えをつらつらと書いていきます。雑談程度にお気軽に読んでいただければと思います。

 この問いかけは、我々学習支援業はもちろん保護者の方、祖父母そして子どもを取り巻く大人すべてに投げかけられている質問になるでしょう。また、大人自身も幼少期、思春期に同じ疑問を持った方もいたかと思います。今になれば勉強することのメリットを説明できるようになるかとは思いますが、それでもそのメリットを説くことで子どもを納得させられるかというと疑問符がついてしまうかもしれません。私は、担当する子どもにこの問いかけをされたとき、決まって「『3つの意味で』生きるため」と答えています。

 まず一つ目の意味は「『人生を人任せにせず』生きるため」と話します。私も50年以上の人生の中で、何度も転機を迎えています。自身の決断によるものもあれば、追い詰められての判断もありました。人は生きていく中で、多くの岐路に遭遇し、そのたびに自身の身の振り方を迫られ決断し、その結果を受け止めます。人生には重要な決断を迫られる瞬間が絶え間なく訪れ、その選択によりその後の人生への影響を甘受しなければならない、そんなことの繰り返しが人生には付きまとうものです。その決断は、結局は自身が行います。そして、その影響を自身が受け止めます。これが大人に付きまとう「自己責任」です。

 この自己責任、意外と多くの大人が理不尽に感じていたり、他人のせいにしているようです。しかしながら、日本という国が立憲主義に基づく近代国家である以上、「自由・権利に伴う責任」をその個人が享受するのが常です。つまり、我々は目の前に迫りくる選択に対して責任を常に負うことを意識して生活しなければなりません。これはかなり大げさな言葉で書いていますが、些細な「目の前の商品を買うか買わないか」から「家族の延命治療を取りやめるのか」「危機に直面する勤め先に残るか転職するか」など人生の一大事すべてにおいてこの自己責任の原則はついて回ります。

 かなりしつこく書きましたが、この自己責任についていささか勘違いしている大人を見かけます。よくあるのが「あの人がそう言っていたのに…」という失敗です。株投資における証券会社営業の言葉、病院を選択する際の知り合いの言葉、そして普段の生活に対する周りの言葉を受けて決断したことが裏目に出て結果失敗となったとき、先の言葉が頭をよぎるようです。しかし、これはその言葉を受けて「自ら決定した行動」であり、他人に責任はありません。すべて自己責任です。かといって、周りの人の声を無視して生活もできませんから、排他的な行動をとることもできません。つまり、賢く生きるためには、周りの意見はあくまでも参考で、行いのすべてに責任を持つ覚悟を常に意識する必要があります。そして、そのためには「判断力・分析力・読解力」が必要になります。つまり、知識や思考という「勉強から得られる能力」が必要になるのです。

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